げんごろうさんは元気でしょうか?
今の滋賀県はかつて近江の国といわれていました。近江とは淡水と音が同じなので、大きな海のような湖である琵琶湖を、淡水の海といったことからきた地名であるともいいます。その琵琶湖には、昔からたくさんの魚がすんでいます。なかでも、ゲンゴロウブナはよく知られています。佃煮にするととてもおいしいので、知る人ぞ知る名産品です。ところが、近年では、外来の魚がふえて、ゲンゴロウブナなどの在来種の魚がめっきり減って名産品もなかなか手に入らなくなりました。
炊き立てのご飯に魚の佃煮のおいしさを思うと残念なことです。この「ふしぎなたいこ」はそのゲンゴロウブナにまつわる話です。むかし、げんごろうさんという人が、たいこを持っていましたが、このたいこは片方を叩いて、「鼻たかくなれ」というと、鼻が高くなり、反対の方を叩いて、「鼻ひくくなれ」というと、鼻が低くなるという、まことに不思議なたいこでした。 あるとき、げんごろうさんは、「人間の鼻はいったい、どこまで高くなるものだろうか」と思ったのです。当然といえば当然の疑問といっていいでしょう。そこで、げんごろうさんは、たいこを叩いて、「おれの鼻、高くなれ」と、となえました。たいこをたたきつづけると、鼻はどんどんのびて、電信柱くらいになり、げんごろうさんは、野原に横になって鼻を天に向けて、どんどんたいこを叩きつづけました。やがて、鼻は雲の中に入って見えなくなりました。おまけに、鼻の先がむずむずするではありませんか。げんごろうさんは、鼻を短くしようと、たいこの反対側を叩いて、「おれの鼻、低くなれ」と、となえました。すると、鼻が短くなるにつれて、げんごろうさんの体が空中にもちあがって、しまいには天国に着いてしまいました。なんと、天国では、天の川にかける橋の工事をしていたのですが、げんごろうさんの鼻を材木と間違えて、橋の欄干にくくりつけてしまったのでした。そのうえ、お昼休みで、大工さんたちはご飯を食べに帰っていて、だれもいませんでした。やっと鼻をもとにもどして、ほっとしたのもつかのま、雲の切れ目から下をのぞいたげんごろうさんは、あまりの高さに目をまわして、「すってんころりん!」落ちたところが、琵琶湖だったのですが、げんごろうさんは、夢中で泳ぐうちに、ご想像どおり、フナになってしまいました。
日本の昔の人々の、スケールの大きな想像力に、げんごろうさんは、フナになってしまってどんな気持だったのだろうかが、ちょっと気になるものの、思わず笑ってしまいます。4歳くらいの子どもでしたら、読んでもらったり、語ってもらったりすれば、じゅうぶん楽しむことのできるお話です。 ほかに、逢坂山で出会った大阪と京都のカエルが、それぞれ首を伸ばして見た京都と大阪をとりちがえるという「かえるのえんそく」と、力自慢の仁王さんの話、「にげたにおうさん」の二話がのっていますが、どちらも愉快な昔話です。子どもと一緒に楽しんでいただけたらと、思います。
石井桃子 文 「ふしぎなたいこ」
清水崑 絵 岩波書店 『げんごろうさんは元気でしょうか?』