「がたんごとん がたんごとん」
児童文学研究家 石川 晴子
今回ご紹介致します絵本は「がたんごとん がたんごとん」です。
2014年の春、話題になったのは初期化された何にでも成長しうる細胞がほんとうにできたのかどうかをめぐる騒動でした。もし、そんな細胞が簡単に作れるとしたら、人類の歴史はじまって依頼の画期的なことです。この一連の騒ぎを伝える報道を見ていて、わたしは目の前にいるこどもたちのことに思いをめぐらせていました。
このこどもたちは、いや、わたしたちのだれもが、元はたったひとつの細胞でした。その細胞がお母さんの胎内で分裂を始め、あかちゃんになり、やがてこの世の中に生まれてくると、それからもどんどん成長していくのです。だれかが言っていたことですが、これは奇跡といってよいことです。あかちゃんが育っていくのを見ていると、すべてが驚異というほかありません。おとなが、たったひとりの小さなあかちゃんにふりまわされるのも事実ですが、そうやって人間はこの社会の中で一人前といわれるおとなになってきたのです。そう考えると、おとなは、こどもの成長という奇跡が行われるのに参加しているともいえます。覚悟を決めて真剣に取り組むべきことなのだと思い直さざるをえません。
あかちゃんははじめのうちはとても無力に見えます。自分ではほとんど何もできません。しばらくはものも言えません。でも、これはおとなに通じることばがしゃべれないということです。能力が低いというのはとんでもない誤解です。五感のすべてを使って周囲のあらゆるものから自分に役立つたいせつなことを驚くほどのスピードで吸収しています。ふつう思われているよりはるかに秀れた能力をもっていて、瞬間ごとに成長しているのです。
以前なら、あかちゃんに絵本を読んであげるなんて、まだ早いと思われていました。でもあかちゃんが絵本を読んでもらってたのしむことがわかってきています。おとなの膝にすわれるようになると、おとなと一緒に絵本の絵を見て、読んでいる人の声を聞くことができます。声を身体で感じながら目では絵を見、項が繰られて新しい絵とことばが出てくるのを、心を弾ませながら待っているのが伝わってきます。
赤ちゃんが得意でおとなが苦手なことといえば、同じことを何度くりかえしても飽きないことです。おとなはつい根負けしてしまいますが、、あかちゃんはたのしい探求につき合うことを要求します。「またか」といわずに何度でも同じ絵本を読んであげるようにしましょう。
「がたんごとん」はあかちゃんと読むにはぴったりの絵本といえるでしょう。「がたんごとん」と汽車がやってきます。ミルクびんが「のせてくださーい」と待っています。ミルクびんとコップとスプーンを乗せて汽車はまたまた進んでいきます。すると、リンゴとバナナが「のせてくださーい」と呼んでいます。驚くことに、ネコとネズミが仲良く並んで汽車を待っています。ミルクびんとコップとスプーン、リンゴとバナナ、それにネコとネズミを乗せて汽車は「がたんごとん」と進んでいきます。こんなことを読まされて疲れてきたかもしれません。でも、だいじょうぶ、汽車は終点に着きました。ミルクびんにコップとスプーン、リンゴとバナナはテーブルの上に置かれました。これからあかちゃんのごはんです。ネコとネズミはどうしたのでしょうか。一緒に椅子にすわって、あかちゃんが食べるのを見守るのです。
ゆっくりと進む汽車の「がたんごとん」のリズムのくりかえし「のせてくださーい」のくりかえしが聞いて見ているあかちゃんに心地よく響きます。あかちゃんの成長をそっと支えてくれる絵本のひとつです。